康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人12」

このエントリーをはてなブックマークに追加

急務だった東国の開発

日本に留まっていた高句麗の外交使節は、母国が滅んで帰るところがなくなった。朝廷も気の毒に思い、日本で丁重に扱った。そうした待遇を受けた1人が、高句麗の王族の若光(じゃっこう)である。

彼はとても優秀な若者だった。朝廷内で重用されて、大いに出世した。

703年に従五位下の官位を受け、「王(こしき)」の姓(かばね)も賜った。




これは、大変な名誉であった。というのは、「王」の姓は外国の王族出身者に授けられるものだからである。若光は高句麗の王族の一人として、朝廷内でも重職を担った。

当時、朝廷が重視していたのが東国の開発だった。

その頃は関東ですら未開の僻地。すみやかに開発に着手する必要性を朝廷は痛切に感じていた。

そのときに指名されたのが若光だった。彼は、高句麗滅亡後に難民として日本にやってきた人々とその子孫を率いて、東国に向かった。(ページ3に続く)

ページ:
1

2

3

関連記事

  1. 韓流エンタメをテキストにした『新版 韓国ドラマ&K-POPがもっと楽しくなる!かんたん韓国語読本』

  2. 康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人6」

  3. 5月の新大久保が絶好だと言い切れる4つの理由

  4. 『気象庁の人々』のパク・ミニョンをどう感じた?

  5. 「釈放されて豆腐」の意味は?

  6. 現代韓国の問題点/韓国の今を考える1

  7. 『王女ピョンガン』の逸話を紹介する『1冊でつかむ韓国二千年の歴史と人物』!

  8. そこまで知りたい『愛の不時着』第4回/主人公ユン・セリ

  9. 伝統的な建築様式を楽しめる「韓屋」で過ごしたい!

PAGE TOP