イ・ミンホとチャン・グンソクは、ともに1987年生まれである。この年は、韓国現代史にとって、特に重要な年である。金字塔とも言うべき、民主化が達成されたからだ。この重要な節目の年をしっかりと振り返ってみよう。
ソウル大学生が警察の拷問で死亡
1980年8月に大統領になった全斗煥(チョン・ドゥハン)は、末永く大統領職にとどまる考えはなく、時期がくれば平和的に政権を委譲すると決意を述べていた。彼は「韓国で初めて正統に権力を手放した最初の大統領」になることを願っていた。
そこには、朴正熙(パク・チョンヒ)の二の舞はぜひとも避けたいという気持ちが働いていた。朴正熙は政権を長く掌握しすぎた結果、信頼していた部下に暗殺されてしまったのだ(1979年10月)。全斗煥は、無残な最期を迎えた朴正熙を反面教師にしようとしていた。
しかし、1987年になって7年間の大統領任期が終盤にさしかかったとき、全斗煥は大統領制から議員内閣制への移行をはかるようになった。
この動きに対して野党は疑いの目を向けた。
議員内閣制に変えて全斗煥は引き続き首相の座を維持して権力の保持につとめるのではないか、という猜疑心をもったのである。
学生たちの反全斗煥の動きが日増しに拡大した。その中で、ソウル大学の学生が警察の拷問によって死亡するという事件が起こり、韓国全土が騒然とした雰囲気に包まれていった。(ページ2に続く)