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康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人9」

第9回/李秀賢(後編)JR新大久保駅で、線路に落ちた人を助けようとして2001年1月26日に亡くなった李秀賢さん。彼が通っていた赤門会日本語学校には全国から多数の手紙と見舞金が寄せられた。その精神が忘れずに生き続けていくこと赤門会日本語学校...
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康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人8」

第8回/李秀賢(中編)2001年1月26日にJR新大久保駅で、線路に落ちた人を助けようとして電車にひかれて亡くなった李秀賢(イ・スヒョン)さん。私(康熙奉〔カン・ヒボン〕)が、釜山(プサン)にある李秀賢さんの実家を訪ねたのは、2001年2月...
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康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人7」

第7回/李秀賢(前編)2001年1月26日の午後7時15分頃のことだった。場所はJR新大久保駅のプラットホーム。そこで飲酒していた男性(37歳)が、ふらふらして山手線の内回りの線路に落ちた。それを見た2人の男性が、落ちた男性を救おうとして線...
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康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人6」

第6回 余大男(後編)豊臣軍による朝鮮出兵の際、13歳の余大男(ヨ・デナム)は加藤清正の軍につかまり、日本に連れてこられた。利発だった彼は僧侶としての修行を積み、1609年に29歳の若さで本妙寺(ほんみょうじ)の住職になった。1620年、余...
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康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人5」

第5回 余大男(前編)熊本に出掛けてみると、地元では今でも英傑として加藤清正が讃えられていることがよくわかる。タクシーの運転手さんも「熊本の歴史に残る人物といえば、まずは加藤清正公です」と大きな声で言っていた。ただし、江戸時代に熊本を治めた...
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康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人4」

第4回/雨森芳洲(後編)朝鮮通信使の制述官であった申維翰(シン・ユハン)と、対馬藩で通訳を担当した雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)。2人が対立する発端は、申維翰が対馬藩主に招待されたことだった。相手に配慮した応対申維翰は宴席に臨むにあたって...
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康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人3」

第3回/雨森芳洲(前編)私が初めて雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)のことを強く意識したのは1990年のことだった。この年、韓国の盧泰愚(ノ・テウ)大統領が来日して国会で演説をしたのだが、そのときに、日本と朝鮮半島の交流に尽力した人物として雨...
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新大久保リポート!残念なコリアプラザの閉店

新大久保の職安通りにあって、19年間オープンしていたコリアプラザが7月31日をもって閉店した。この店で、韓流関連の雑誌・CD・DVDやスターのグッズを買ったことがある人も多かっただろう。韓流人気の凄まじさを象徴2003年以降に韓流ブームが起...
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康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人2」

第2回/浅川伯教・巧(後編)浅川兄弟の弟の巧(たくみ)は、1891年(明治24年)に生まれた。兄の伯教(のりたか)より7歳下である。山梨県立農林学校を卒業し、秋田県の営林署に勤めて植林の仕事に従事した。彼はいつも「山野、木、草、水、虫を友と...
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康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人1」

第1回/浅川伯教・巧(前編)日本の統治下にあった朝鮮半島で、陶磁器の研究や林業の発展に貢献したのが、山梨県出身の浅川兄弟だった。兄が伯教(のりたか)で、弟が巧(たくみ)。この兄弟の足跡を追ってみよう。浅川家の墓東京から中央本線に乗って甲府を...
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韓国のベストセラー『人生の授業』に大いに勇気づけられる

韓国でベストセラーになる本を見ていると、日本とは売れ方がかなり違うと実感する。まず、詩集がよくランキングの上位に顔を出す。日本では詩集はまったく売れないが、韓国では詩集が「よく売れるジャンル」の1つになっている。このように、詩が好きな国民性...
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日本の韓流に未来はあるのか

『冬のソナタ』の大ヒットを契機にして日本で起こった韓流ブーム。それから12年が経過した。今でも韓流が日本で根強い人気があるのは確かだが、様々な問題点も指摘されている。果たして、日本の韓流はどのようになっていくのだろうか。経済的なメリットを生...
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日韓ではドラマ制作がこんなにも違う

それは、2005年2月のことだった。韓国の公営放送局・KBSのドラマ映像チームに所属するベテランのカメラマンが、過労のために亡くなったのである。その背景には一体、何があったのか。ドラマ制作現場の過酷さが影響していた。起こってしまった過労死当...
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韓国ドラマの過酷な制作環境は改善できる?

韓国ドラマの制作環境には大きな問題があると以前から指摘されてきた。その主な原因として挙げられていたのは、「あまりに無理な撮影スケジュール」「制作スタッフをはじめとした人材の不足」「出演俳優に多額のギャラが支払われることによる制作予算の偏重」...
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日韓関係を変えた「韓流の贈り物」

『冬のソナタ』の大ヒットによって2004年頃から日本で起こった韓流ブームが、日韓関係において果たした役割は大きい。ただし、この韓流ブームには下地があった。それは2002年にFIFAワールドカップ日韓大会が開かれたことだ。あのとき、日本からも...
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韓流は本当に終わったのか

日本のメディアでは、「韓流ブームは終わった」という報道がよくある。日韓関係の政治的な悪化にともなって韓流から離れている人が多い、という論調だ。しかし、本当に韓流は終わったのか。もはや、日本でその魅力を失ってしまったのだろうか。暮らしや文化に...
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