カテゴリー:韓流ライフ

  • 康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人5」

    第5回 余大男(前編) 熊本に出掛けてみると、地元では今でも英傑として加藤清正が讃えられていることがよくわかる。タクシーの運転手さんも「熊本の歴史に残る人物といえば、まずは加藤清正公です」と大きな声で言…
  • 康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人4」

    第4回/雨森芳洲(後編) 朝鮮通信使の制述官であった申維翰(シン・ユハン)と、対馬藩で通訳を担当した雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)。2人が対立する発端は、申維翰が対馬藩主に招待されたことだった。 [capt…
  • 康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人3」

    第3回/雨森芳洲(前編) 私が初めて雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)のことを強く意識したのは1990年のことだった。この年、韓国の盧泰愚(ノ・テウ)大統領が来日して国会で演説をしたのだが、そのときに、日本と朝鮮半島…
  • 新大久保リポート!残念なコリアプラザの閉店

    新大久保の職安通りにあって、19年間オープンしていたコリアプラザが7月31日をもって閉店した。この店で、韓流関連の雑誌・CD・DVDやスターのグッズを買ったことがある人も多かっただろう。 [ca…
  • 康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人2」

    第2回/浅川伯教・巧(後編) 浅川兄弟の弟の巧(たくみ)は、1891年(明治24年)に生まれた。兄の伯教(のりたか)より7歳下である。山梨県立農林学校を卒業し、秋田県の営林署に勤めて植林の仕事に従事した。彼はいつも…
  • 康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人1」

    第1回/浅川伯教・巧(前編) 日本の統治下にあった朝鮮半島で、陶磁器の研究や林業の発展に貢献したのが、山梨県出身の浅川兄弟だった。兄が伯教(のりたか)で、弟が巧(たくみ)。この兄弟の足跡を追ってみよう。 [c…
  • 日本と違う韓国のビックリ27

    第27回 並ぶのは時間の無駄という考え方 エンドロールで席を立たない 平日の午前11時に渋谷で地味な映画を見た。 ガラガラだと思ったら、空いていたのは最前列だけ。年配の人たちが、しっかり座席を埋めている…
  • 日本と違う韓国のビックリ26

    第26回/今もコリアンタイムが通用する? 1990年代の後半、ソウルに取材に行ったときは、ロッテホテルのロビーでよく人と待ち合わせをした。そのとき、来る人がほとんど30分くらい遅れてくる。理由はきまって「渋滞がひど…
  • 激動の芸能界!巨大化する韓国の芸能事務所

    韓国における今までの芸能事務所は、マネージャーから独立した人が代表となるケースがほとんどだった。この場合、代表が芸能界をよく知っているという利点はあったが、他の世界のことは知らず、人脈も薄かった。それ…
  • 日本と違う韓国のビックリ25

    第25回/日韓の新聞を読み比べてみれば 今は取っていないのだが、数年前に、韓国の『朝鮮日報』と『スポーツ朝鮮』を毎日配達してもらったことがあった。韓国でその日に出た朝刊が夕方には日本のわが事務所に届くのである。とて…

必読!「ヒボン式かんたんハングル」

「韓流ライフ」というジャンルの中に、「ヒボン式かんたんハングル」というコーナーがあります。ここには、日本語と韓国語の似ている部分を覚えながら韓国語をわかりやすくマスターしていく記事がたくさん掲載されています。日本語と韓国語には共通点が多いので、それを生かして韓国語の習得をめざすほうが有利なのです。ぜひお読みください。

連載記事「日韓の二千年の歴史」

日本と朝鮮半島の間には長い交流の歴史があります。古代から現代までの二千年の間、果たしてどんな出来事があったのでしょうか。日本各地に残る史跡を訪ねて両国の交流の歴史をたどる連載が「日韓の二千年の歴史」です。改めて過去を振り返ることで見えてくる現実もあります。そういう意味では、二千年の歴史は今の日韓関係を考えるうえでも重要な要素をたくさん持っています。ぜひ連載記事をお読みください。

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