カテゴリー:紀行・対談

  • 済州島の紅葉を楽しむ

    追憶の中の韓国紅葉紀行4

    第4回 南海の孤島で紅葉を楽しむ 朝鮮半島の南海上にポツンと浮かぶ済州島(チェジュド)。この島は、朝鮮半島から切り離された離島として常に存在していたわけではない。かつては朝鮮半島と陸続きだった時期があったのである。…
  • 友鹿里の風景

    追憶の中の韓国紅葉紀行3

    第3回 日本武将の子孫たちが住む村 韓国南部の大都市の大邱(テグ)。この街から車で南に向かう。やがて低い山が見えてきた。どの山もお椀を伏せたように形がよく、木々も見事に紅葉して、秋の風景に彩りを添えていた。目がなご…
  • 郷校を彩る見事なイチョウ

    追憶の中の韓国紅葉紀行2

    第2回 慶州にはイチョウがよく似合う 韓国東南部にある慶州(キョンジュ)は、7世紀に朝鮮半島を史上初めて統一した新羅(シルラ)の首都があった場所で、935年に新羅が滅ぶまでは朝鮮半島の政治と文化の中心地だった。それ…
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    追憶の中の韓国紅葉紀行1

    第1回/『冬のソナタ』を彩った島 韓流ドラマの最高傑作といえば、やはり『冬のソナタ』。このドラマには美しいロケ地がたくさん出てきたが、一番思い出深いのは南恰島(ナミソム)。ここは、韓国でも紅葉が大変美しいところとし…
  • 清見寺の大方丈には、朝鮮通信使が残した漢詩が扁額になって飾られている

    日本のコリアをゆく(静岡・清見寺編2)

    1607年、江戸時代に初めて来日した朝鮮通信使には、徳川家康に朝鮮国王の国書を渡すという重要な任務があった。彼ら一行が江戸をめざして東海道を進んで浜松に至ったとき、2年前に将軍職を息子の秀忠に譲った家…
  • 清見寺の境内

    日本のコリアをゆく(静岡・清見寺編1)

    広島の鞆の浦にある福禅寺からの眺めは、朝鮮通信使が「日東第一形勝」と絶賛していた。同じく朝鮮通信使が「東海の名勝」と称賛したのが、清見寺(せいけんじ)から見た駿河湾の景観だった。今はかなり風景が変わっ…
  • 百済寺の跡地は公園になっている

    日本のコリアをゆく(百済寺跡・鬼室神社編3)

    百済(ペクチェ)の復興をめざした軍の中で、トップ2の豊璋と福信が内紛を起こした。結局、福信を殺した豊璋はすべての権力を自分のものにしたのだが、軍事的な指導者を失った百済復興軍の痛手は大きかった。そのこ…
  • ドラマ『階伯(ケベク)』ではイ・ソジンが階伯を演じた

    日本のコリアをゆく(百済寺跡・鬼室神社編2)

    時は660年である。百済(ペクチェ)の義慈(ウィジャ)王は、在位が長くなって堕落した。そんな王のもとで国力が衰えるのも仕方がなく、新羅(シルラ)・唐の連合軍が攻めてきたときに、百済はなすすべがなかった…
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    日本のコリアをゆく(百済寺跡・鬼室神社編1)

    百済王神社に向かう 大阪と京都を結ぶ京阪電車。 車窓からの景色もよく、私(康熙奉〔カン・ヒボン〕)が好きな私鉄の一つだ。 その京阪電車の特急に大阪市内の京橋駅から乗って京都方面に向かうと、最初の…
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    日本のコリアをゆく(広島・鞆の浦編3)

    鞆の浦の繁栄 1719年、第9回目の朝鮮通信使に製述官として同行した申維翰(シン・ユハン)は、のちに『海游録』という書物を残している。 その翻訳版は、平凡社東洋文庫(姜在彦訳注)に収められていて、それを読むと…
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