その日は港近くの旅館に泊まった。韓国の旅館は一般的に素泊まりなので、食事は外の食堂へ出かけることになる。港の周辺を散歩しながら、水槽の中の魚が最も生きがよく見える食堂に入った。50代の夫婦が切り盛りしている店で、特に奥さんがてきぱきと動いていた。
ただいま欠航中
旅に出て一番多く会うのは、働いている人である。中でも、人がキビキビと働いている姿を見ていると気持ちがいい。
私はメニューをしばらく見たあとで、アワビのお粥を注文した。これは、韓国南部の海沿いや済州島などに多い料理である。アワビの身と肝を煮込み、ゴマ油も入っている。こってりした料理だと思われがちだが、案外あっさりしていて味わい深い。特大の器に入ったアワビのお粥を食べて、私は韓国の南の島に来ていることをしみじみと実感した。
十分に満足して旅館に戻り、夜は部屋で静かに過ごした。窓を開けても聞こえてくるのは潮騒のみ。健全すぎて涙が出てくるほどだった。
翌朝、午前6時半に出るフェリーで島を離れようと思っていた。6時10分に外に出ると小雨が降っていて、あたりは霧で霞んでいる。「もしや」と思って乗船券売場へ行くと、窓口には誰もいなかった。そばに立っていた男性に聞くと、船は欠航だという。
「霧が晴れないかぎり船は出ない」
そう言われてしまえば、腹をくくって、あとは霧が晴れるのを待つしかない。待合室では、スナック菓子を仲良く食べている夫婦、朝のテレビドラマを食い入るように見ている30代女性の2人連れが、いつ出るかわからない船を気長に待っていた。
しばらく待合室にいたが、雨だけはやんだので、外に出て岸壁に佇みながら霧にけむる海を見た。
小さなエンジン音を響かせて霧の中から一艘の小船が現れた。その船には海女さんとその夫と思われる男性が乗っていて、大量のワカメが積んであった。この霧の中でも夫婦で仕事に精を出している……そう思うと、冷たい海にもぐる海女さんがとてもけなげに思えてきた。
文・写真=康 熙奉(カン・ヒボン)