『花郎〈ファラン〉』というタイトルの意味は?

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ドラマ『花郎<ファラン>』によって、すっかり有名になった「花郎」という存在。もともとは新羅(シルラ)を強国に導いた上流階級の青年たちの集まりをさす言葉だった。果たして、どんな存在だったのだろうか。




徹底的な思想教育

古代の朝鮮半島は三国が激しく領土を争っていた。
高句麗(コグリョ)、百済(ペクチェ)、そして、新羅(シルラ)。
この三国の中で、小さな領土から出発した新羅は他の二国に対して分が悪かった。
いつ滅亡しても仕方がないような状態が続いた。
しかし、新羅には強みがあった。人材育成制度がとても盛んで、その効果で次々に有能な人材が育っていったのだ。
その象徴的な存在が「花郎」だった。
もともと、「花郎」というのは貴族階級で育った青年たちの集まりのことだった。
とはいえ、ただ集まるだけではなかった。
そこでは徹底的な思想教育が行なわれた。
それを「花郎精神」と言う。
「花郎精神」は若者たちの意識を変えた。




具体的に花郎のメンバーは、次のことを誓約した。
・王に忠誠を尽くす
・親孝行をする
・信頼して友人と交流する
・戦では絶対に退却しない
まさに硬派の思想信条だ。
すべてを守れば、とてつもなく頼りになる若者が育つだろう。
さらに、花郎の青年たちは、軍事訓練や狩猟を通してからだを鍛えた。
まさに、最強の人材育成プログラムと言っていい。
こうしたエリート教育が新羅の青年たちをたくましく育て、軍事面でも強兵の土台となっていた。
やがて、「花郎精神」は上流階級だけでなく、一般の青年たちの間でも広く深く浸透するようになった。
「花郎精神」を受け継いだ若者たちが戦場に行ったら強かった。




「絶対に退却しない」
その強い覚悟を持って戦場で前進した。
強い兵士が一致団結して戦い、新羅の領土は徐々に広がっていった。
やがて新羅は中国大陸の唐と組んだ。
そして、三国時代を終わらせるために兵を出した。
歴史が雄弁に物語る。新羅と唐の連合軍は、660年に百済を滅ぼし、668年に高句麗を滅亡させた。
そして、新羅は唐との内紛にも勝利して676年に朝鮮半島を統一した。
あれほど小国だった新羅が朝鮮半島で初の統一王朝を築いたのだ。
その原動力になったのが、「花郎精神」だった。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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