日韓の二千年の歴史5/蘇我氏の天下

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飛鳥寺と王興寺

物部氏が滅んだ翌年の588年には、飛鳥の真神原(まかみのはら/現在の奈良県明日香村)で飛鳥寺の造営が始まっていた。
ここで注目すべきはその11年前の577年に百済の都だった扶余(プヨ)で王興寺(ワンフンサ)が建てられていることだ。
飛鳥寺では日本で最初に瓦が作られたとされているが、王興寺から出土した瓦と比べてみると、蓮の花をかたどった形がよく似ている。このことからも、飛鳥寺が王興寺の影響を受けていることは間違いない。
『元興寺縁起』によると、593年にまだ工事途中だった飛鳥寺で、塔の心礎に仏舎利を納める儀式が行なわれている。




幟や旗を立てて100人以上が盛大に祝った。
注目すべきはその時の服装と髪形だ。
完全に百済式であったという。
蘇我氏はそこまで百済に近かったのである。
飛鳥寺の建立には推古天皇や聖徳太子も関わっている。
1つの寺ができるということは、そこにあらゆる技術が注ぎこまれるが、蘇我氏はヤマト政権の中枢と親密な関係を築きながら、仏教の布教を利用して自らの勢力を拡大していった。
(次回に続く)

文=康 熙奉(カン ヒボン)

康 熙奉(カン ヒボン)
1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化と、韓流および日韓関係を描いた著作が多い。特に、朝鮮王朝の読み物シリーズはベストセラーとなった。主な著書は、『知れば知るほど面白い朝鮮王朝の歴史と人物』『朝鮮王朝の歴史はなぜこんなに面白いのか』『日本のコリアをゆく』『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』『悪女たちの朝鮮王朝』『宿命の日韓二千年史』『韓流スターと兵役』など。最新刊は『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』。

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