日韓の二千年の歴史5/蘇我氏の天下

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渡来人の技術

政権の首脳はみな蘇我氏の系統となり、この一族は栄華を誇った。
蘇我氏は百済(ペクチェ)からの渡来人たちによって支えられていた。百済が日本に仏教を伝えたときも、その恩恵を一番受けたのが蘇我氏だった。
仏教が広がるということは、仏像を作る技術や寺を作る技術などがともなってくる。当時の日本からすれば、それはまだ経験したことのない大変な事業であった。同時に利権も関わってくるのだが、それを利用しようと考えたのが蘇我氏だった。
蘇我氏が物部氏を駆逐したあと、馬子、蝦夷(えみし)、入鹿(いるか)と代が引き継がれ、蘇我氏の統治は続いた。




彼らの基盤を支えたのが渡来人の存在だった。
政治制度の確立から土木技術の活用まで、渡来人は土地と住民を統治する技術をもっていた。
特に、文字に関わる作業は渡来人が特殊な力を発揮した分野であった。
また、百済との外交関係に積極的だったことから、蘇我氏そのものが百済の出身ではないかという説もある。
(ページ3に続く)

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