日韓歴史探訪!高麗神社

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

現在の高麗神社がある地域は、かつては朝鮮半島からの渡来人が多く住む高麗郡だった。もともと、8世紀前半に渡来人が関東一円に多かったのだが、最も大規模な移動が朝廷の政策によって実行された。それは716年のことだった。

高麗神社

階段をのぼると社殿に至る

1799人の高句麗人

716年、朝廷は、駿河(静岡)、甲斐(山梨)、相模(神奈川)、上総(千葉)、下総(千葉)、常陸(茨城)、下野(栃木)の各地域に住んでいた高句麗人1799人を武蔵国に移住させて高麗郡を設置した。




ここでいう高麗郡が、現在でいえば埼玉県の日高市や飯能市の一部に該当する。
それにしても、716年になって、なぜ武蔵への大規模な高句麗人の移住が必要だったのだろうか。
当時の朝廷は各地に郡を新設することに熱心だった。
それ以上に大きかったのは、東国に分散して住んでいた高麗人の1カ所集中を嘆願する動きが起こっていたことだ。おそらく、高句麗系の中で出世した貴族たちが朝廷内部に働きかけたものと思われる。(ページ2に続く)

日本のコリアをゆく(広島・鞆の浦編1)

日本のコリアをゆく(百済寺跡・鬼室神社編1)

追憶の中の韓国紅葉紀行1

ページ:

1

2 3

関連記事

必読!「ヒボン式かんたんハングル」

「韓流ライフ」というジャンルの中に、「ヒボン式かんたんハングル」というコーナーがあります。ここには、日本語と韓国語の似ている部分を覚えながら韓国語をわかりやすくマスターしていく記事がたくさん掲載されています。日本語と韓国語には共通点が多いので、それを生かして韓国語の習得をめざすほうが有利なのです。ぜひお読みください。

連載記事「日韓の二千年の歴史」

日本と朝鮮半島の間には長い交流の歴史があります。古代から現代までの二千年の間、果たしてどんな出来事があったのでしょうか。日本各地に残る史跡を訪ねて両国の交流の歴史をたどる連載が「日韓の二千年の歴史」です。改めて過去を振り返ることで見えてくる現実もあります。そういう意味では、二千年の歴史は今の日韓関係を考えるうえでも重要な要素をたくさん持っています。ぜひ連載記事をお読みください。

ページ上部へ戻る