康熙奉(カン・ヒボン)の国王毒殺実録3/イ・サン編C

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1800年6月に発病した正祖(チョンジョ)。徐々に身体が衰弱していった。6月28日になると、病状はかなり悪化していき、病床を囲む医官たちの間でも緊張感がみなぎっていった。

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煎じ薬を気にする正祖

正祖が尋ねた。
「煎じ薬は誰が作ったものなのか」
内医院(ネイウォン/王族を診察する医院)の高官だった李時秀が答えた。




「姜最顕(カン・チェヒョン)が作ったものですが、多くの医官が相談して決めたも同然の煎じ薬です」
「5匁(もんめ/重さの単位で約3・75グラム)くらいか」
「人参(にんじん)が3匁入っています」
ここで『朝鮮王朝実録』のこの項の記録は終わっている。正祖が煎じ薬を飲んだとも飲んでいないとも書いていない。
しかし、飲んだと解釈するほうが自然だろう。飲んでいなければ、そのことをかならず書き記すはずだからだ。(ページ2に続く)

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