貞明(チョンミョン)公主の生涯6!『華政』(ファジョン)の主人公

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破格の待遇を受けた貞明公主

クーデターで王位を奪っているだけに、王朝の正統性という面で仁祖にも弱みがあった。その点、14代王・宣祖(ソンジョ)の正室が産んだ王女の婚礼を執り行なうというのは、仁祖にとっても大いに大義名分が立つ慶事であった。
なお、朝鮮王朝時代には、王子であれ王女であれ結婚すれば、世子(セジャ/王の正式な後継者)を除いてすべて王宮の外に出て住むしきたりがあった。
この場合、王室は王の子供たちが王宮の外で幸せに暮らせるように、相応の屋敷と土地を用意した。




しかし、貞明公主に与えられた屋敷と土地は破格だった。
貞明公主と洪柱元が住む屋敷は、王宮の昌徳宮(チャンドックン)にとても近く、敷地も広かった。
それだけではない。
貞明公主は屋敷とは別に、地方に広大な土地も与えられたのである。(ページ4に続く)

貞明(チョンミョン)公主の生涯7!『華政』(ファジョン)の主人公

歴史解説!仁祖(インジョ)と貞明(チョンミョン)公主の確執
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光海君(クァンヘグン)を追放した仁祖(インジョ)に大義名分はあるのか?
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