康熙奉(カン・ヒボン)の「日韓が忘れてはいけない人13」

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相模国の開発は成功

かつて、若光が率いた一団は、東国開拓の目的を遂行するために、相模国の各地に移り住んだ。

「大磯町史」(編集発行は大磯町)によると、朝鮮半島にゆかりのある神社が神奈川県には多いという。

小田原市の白髭神社、平塚市の駒形神社、秦野市の加羅古神社、箱根町の三つの駒形神社、伊勢原市の白髭神社、鎌倉市の駒形神社、横須賀市の白髭神社、三浦市の白髭神社などだ。




こうした地名を見ていると、ほぼ神奈川県の全域に及んでいる。それほど若光の一団の活動範囲は広かったということなのだろうか。

幸いに、若光の一団による相模国の開発は大成功だったようだ。朝廷は若光の手腕を高く評価して、新たな使命を与えた。それが武蔵国(現在の東京都と埼玉県)における高麗郡の創設である。

当時の行政区域の中で、「郡」は「国」に次ぐ大きな単位である。しかも、高麗の名をつけた郡を武蔵国に新設するくらいだから、よほど高句麗系の渡来人を頼りにしていたのだろう。(ページ3に続く)

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