キム・スヒョン トップ俳優を目指した日々(1)

このエントリーをはてなブックマークに追加

 G-3

内気な少年を変えた演劇の魅力

テレビやファンミーティングで見せるキム・スヒョンの笑顔からは、純朴さと人懐っこさを感じる。明るい表情が魅力の彼だが、幼い頃は内向的で人見知りが強かった。そんな彼が俳優を志したのは、高校生になってからだった。成績も優秀ではなく、人と話すのが苦手な彼を心配した母親が、学習塾ではなく演劇学校に通うように勧めたのだ。

「僕は幼い頃、気が弱くて見知らぬ人とは目を合わすこともできませんでした。特に女性とは……(笑)。また、両親は共働きだったので、1人で遊ぶことが普通でした。それを心配したお母さんが『スヒョン、お芝居をしてみない?』と声をかけてくれました。それで治療する気持ちで、ある芸術研究会に入りました」

母の勧めで始めた演劇だったが、キム・スヒョンは徐々に自分が変わっていくのを実感した。

「演劇をしながら僕自身が変わっていきました。演劇研究会の先輩たちからは『初対面の人のところに行って親しくなれ』という宿題を出されました。舞台に立てば他の人になったようだったし、公演を終えた後の拍手に喜びを感じました。『俳優になる』と言うと、お母さんは拍手してくださいました」




演じることの楽しさを知ったキム・スヒョンは、多くの舞台に挑戦して自身の演技力を磨いていった。そんな彼が、テレビドラマに出演するようになったのは、2007年7月から始まったシットコム『キムチ・チーズ・スマイル』である。しかし、オーディションの話がきたとき、彼は自身が出演する舞台の準備に追われていた。

キム・スヒョンは、舞台の練習をして汗が染み込んだトレーニングウェアのまま、オーディションに臨んだという。当時を振り返りキム・スヒョンは、「合格よりも目の前の舞台のほうが大切だった」と語る。しかし、飾らない姿を見せるキム・スヒョンを監督はとても気にいり、見事にキャスティングされた。

『キムチ・チーズ・スマイル』は月曜から金曜までの週5日放送だったため、撮影分量はとても多かった。最初は舞台の稽古と撮影を並行させていたキム・スヒョンだが、その生活を続けるのは限界があった。

悩んだ末にキム・スヒョンは長い間準備していた舞台を降板することにした。キム・スヒョンは決断の理由をこう話した。

「公演が始まってから途中で降板するのは、一緒に演じる俳優にも観客にも礼儀を欠くことになります。一緒に練習していた俳優たちにとても申し訳なくて、辞めた日はどれくらい泣いたかわからないです。今でも惜しいのはそのとき舞台に上がることができなかったことです」

自分を育ててくれた舞台からの卒業。当時20歳だったキム・スヒョンにとって、その決断はとても辛いものだったに違いない。(ページ2に続く)

キム・スヒョン トップ俳優を目指した日々(2)

ページ:

1

2 3

関連記事

必読!「ヒボン式かんたんハングル」

「韓流ライフ」というジャンルの中に、「ヒボン式かんたんハングル」というコーナーがあります。ここには、日本語と韓国語の似ている部分を覚えながら韓国語をわかりやすくマスターしていく記事がたくさん掲載されています。日本語と韓国語には共通点が多いので、それを生かして韓国語の習得をめざすほうが有利なのです。ぜひお読みください。

連載記事「日韓の二千年の歴史」

日本と朝鮮半島の間には長い交流の歴史があります。古代から現代までの二千年の間、果たしてどんな出来事があったのでしょうか。日本各地に残る史跡を訪ねて両国の交流の歴史をたどる連載が「日韓の二千年の歴史」です。改めて過去を振り返ることで見えてくる現実もあります。そういう意味では、二千年の歴史は今の日韓関係を考えるうえでも重要な要素をたくさん持っています。ぜひ連載記事をお読みください。

ページ上部へ戻る