韓国の名所を訪ねて(景福宮編3)

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 「数々の歴史を乗り越えて」

正門の光化門(クァンファムン)は現代になって往時のままに甦った

正門の光化門(クァンファムン)は現代になって往時のままに甦った

景福宮が歩んだ歴史

1592年、豊臣秀吉による壬辰倭乱(イムジンウェラン/文禄の役)によって、景福宮の大部分が焼失してしまう。

以降、正宮は他の離宮に移り、景福宮は放置されたまま、歴史の表舞台から姿を消す。その景福宮がついに再建されたのが26代・高宗(コジョン)の時代の1865年だった。高宗の父・興宣大院君(フンソンデウォングン)が、王権の威厳を取り戻すために、建国の象徴である景福宮に着目したのである。

しかし、1910年、日韓併合によって朝鮮王朝は国権を失い、景福宮の建物の多くは取り壊されてしまう。また、戦後は1950年に始まった朝鮮戦争によって、景福宮は石垣を残してほぼ全壊してしまった。

戦争が終わり、1968年以降、復旧作業が徐々に進められ、現在は多くの観光客を集める観光名所になっている。ソウルの中心部にたたずむ威厳ある姿は、朝鮮王朝が刻んだ悠久の時代を象徴している。

(文=「ロコレ」編集部)

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